歌丸師匠が死去 追悼特番で見る真の噺家の姿

まだ受け入れられない歌丸師匠の死

桂歌丸師匠と言えば、物心つく前から「笑点」に出ていて、笑点と言えば歌丸師匠なくして語れない、と思っていました。

実際師匠が笑点を引退してから、笑点を見るのがどんどん少なくなっています。面白くないわけではないのですが。

2階からリビングに降りて来ると、日テレで「ミスター笑点 桂歌丸師匠追悼特番」をやっていました。

やってると知っていたら始めから見ていたのに!!

スポンサーリンク

昨夜、娘が真夜中なのにも関わらず、スマホで笑点を観てゲラゲラ笑っていて、気になった私もスマホを覗き込んでついつい一緒になって笑ってしまいました。

その時ちょうど観ていた「座布団全部持って行って」特集を、見始めたタイミングでやっているので、またやってる!!と子供と言いながら笑いました。

人を笑わせることって、本当に尊いことだと思っています。

仕事や学校で嫌なことがあったり落ち込んだ時でも、お腹を抱えて笑えばさっきまで暗かった気持ちなんてどこかへ行ってしまってしまうくらい、小さなことなんて気にせず、また頑張ろうと思う気力を与えてくれるのが笑いだと思います。

歌丸師匠のすごさは、最後の最後まで噺家で居続けたこと。

病の体で高座に上がり、とても病を感じさせないエネルギッシュな声で観客を笑わせる姿こそ、真の噺家だと思います。

未だに亡くなったことが信じられません。

死んでから苦労したくないから今苦労する

少し前、「死んでから苦労したくないから今苦労するんだ」と言っている歌丸師匠の映像を見ました。

え?と私は自分の耳を疑いました。

後で苦労したくないから今苦労する、というのは聞いたことがありますが、死んでから苦労しないために、ってどういうことなのか、思考がストップするくらい意味がわかりませんでした。

そんなことを考える人が、この世にいることが信じられませんでした。

死んでしまったら、何もかも終わりだと思うのが普通の人間だと思います。

死んだ後の自分なんて、想像もできませんし、普通はしません。

でも、歌丸師匠は死んだら天国に行かれると思っているのかもしれません。

死んだら地獄に行って針の山を登りたくない、そんな思いなのでしょうか?

現在を生きるのが精いっぱいになっている私は、そんな境地になんて、まだまだとても立てません。

やっぱりこの人は想像もつかないほどの高い所にいる人なのだと、思わずにはいられない名言だと私は感じました。

スポンサーリンク

歌丸師匠と円楽師匠の絆

笑点と言えば歌丸師匠、歌丸師匠と言えば楽太郎(今の円楽師匠)さんと、私じゃなくても思っているのではないでしょうか。

あのひどすぎるまでの歌丸師匠いじりは、相当な信頼関係がなければできないと、ずっと思っていました。

先日円楽師匠は、インタビューに答えて、自分が笑点に馴染めなかった頃、歌丸師匠に自分をネタにしていいから、と言ってもらい本当に救われたと話していました。

やっぱりそうだったんだ、とその言葉に涙が出てきました。

笑点の出番の前には円楽師匠が車椅子を押してあげていたとか、円楽師匠が病室に行くといつも笑わせようとするというエピソードを聞いて、深い絆がなければ今までの笑点は成り立たなかったんだと、しみじみと感じました。

歌丸師匠に「まだ生きていたの」とか、「あのじじい早く死なねぇかな」というような言葉を平気で言っていた円楽師匠を、なんてひどいことを言うんだと、そうは言いながらもいつも我が家は大爆笑していました。

ただただ大笑いしていたけれど、2人の関係を思うとこんなに心温まる話はないと思います。

今私にはそこまで言い合えるような信頼できる人が果たしているのだろうか・・・

いたとしても噺家じゃないので言ってはいけないですが、2人の姿は羨ましく私の目に移ります。

歌丸師匠、今まで日本中のみんなに笑いを与えてくれて、本当にありがとうございました。

いろいろな噺家がいるけれど、私の中で歌丸師匠こそが真の噺家です。

心からご冥福をお祈り申し上げます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です