宝田沙織シルバーボール&ブロンズブーツ賞受賞!その異色の経歴とは?

フランスで行われたFIFA U-20女子ワールドカップで「ヤングなでしこ」ことU-20女子日本代表が、スペイン女子代表を3-1で破り初優勝しました!!

大会の各賞が発表され、日本はチームでフェアプレー賞を受賞。

今大会のMVPであるゴールデンボール賞と、最多得点選手に与えられるゴールデンブーツ賞はスペインのMFパトリシア・ギジャーロ選手が受賞しましたが、日本ではFWの宝田沙織選手がシルバーボール賞とブロンズブーツ賞を、主将でDFの南萌華選手がブロンズボールを受賞しました。

宝田選手は決勝戦のプレーヤーオブマッチにも選出されています。

日本女子サッカーの新たな歴史を作った「ヤングなでしこ」ですが、2つの賞を受賞した宝田選手は異色の経歴の持ち主です。

今回は宝田選手の経歴について調べてみました。

宝田沙織選手はどんな人?

プロフィール

      名前    宝田沙織(たからだ さおり)
      生年月日  1999年12月27日
      身長    169cm
      体重    59kg
      出身    富山県中新川郡立山町
      学歴    立山町立立山中央小学校卒業
            堺市立月州中学校卒業
            大阪学芸高等学校卒業
      所属    セレッソ大阪堺レディース
      ポジション FW
      代表歴   U-16 2015日本代表
            U-17 2016日本代表
            U-19 2017日本代表
            U-20 2018日本代表

宝田選手はU-16、U-17ではミッドフィルダーとして、U-19からフォワードとして日本代表に選出されています。

え、ミッドフィルダー?フォワードじゃないの?と今まで宝田選手をご存じなかった方は思うと思います。

そうなのです。宝田選手はフォワードになる前は、ミッドフィルダーとして登録されていました。

マルチロールプレイヤーと言える宝田選手の経歴は、どうなっているのでしょうか!?

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宝田選手の異色の経歴とは?

宝田選手は富山県の出身ですが、小学校卒業後大阪府堺市のJFAアカデミー堺の第1期生として入学して堺市立月州中学校へ通学、同時にセレッソ大阪堺レディースに入団しました。

セレッソ大阪堺レディースに入団した時は、ゴールキーパーをメインにプレーしていたそうです。

小学6年生の頃、宝田選手は日本サッカー協会主催の「2011 ナショナルトレセンU-12北信越メンバー」にゴールキーパーとして選出されているので、最初はゴールキーパーとして頭角を現していたようです。

2012年6月にU-13日本女子選抜チームに選出されてAFCガールズトーナメントに出場した時は、ゴールキーパーとフィールドプレイヤーの両方で登録されており、第2戦の台湾戦ではフィールドプレイヤーとして得点を上げています。

2015年の日本代表にはミッドフィルダーとして登録されているので、この辺りからフィールドプレイヤーとして移行していったのでしょう。

2017年にはセレッソ大阪堺レディースでの登録はフォワードになっています。

ゴールキーパーからミッドフィルダー、ミッドフィルダーからフォワードと、守備の要から徐々に攻撃の要に変化していった宝田選手。

マルチロールプレイヤーとは、彼女のことを指すに違いありません。

まとめ

今回は、FIFA U-20女子ワールドカップで見事優勝を果たした日本代表のFW宝田沙織選手の異色の経歴について調べてみました。

これからの日本女子サッカー界になくてはならない存在であることは間違いありません。

澤穂希選手が引退してから女子サッカーへの注目が少しだけ薄れてしまっていた私ですが、女子史上初の3世代制覇という偉業を達成した日本女子サッカーから目が離せなくなりました。

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