松永晴子の経歴は?難民キャンプで近所のオバサンに徹する理由

2018年9月9日の情熱大陸で、NPO職員の松永晴子さんの特集が放送されます。

「近所のオバサン」のスタンスで、この日本とは全く環境の違う過酷な場所、ヨルダン・ザータリ難民キャンプで活動を続ける松永さん。

難民キャンプといえば、私の中にすぐに思い浮かんでくるのは「危険」「過酷」という言葉です。

日本という豊かで恵まれた戦争のない国に生まれ育ち、ご両親の影響で幼少期から音楽や芸術に親しむという生活を送ってきた松永さんには、難民キャンプでの生活はかなり過酷なのではないかと思います。

それでも使命感を持って活動を続けていることに、ただただ頭が下がります。

今回はその松永さんはどんな方なのか、また「近所のオバサン」というスタンスはどうやって生まれたのか、調べてみたいと思います。

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松永晴子さんはどんな人?

情熱大陸の予告を見ると、明るくてサバサバとした感じの方で、こういう感じの人好きだな、と思いました。

心に深い傷を負っている子供たちに寄り添いながら、日々葛藤しているという松永さんですが、どういう方なのでしょうか?

プロフィール

  • 名前   松永 晴子(まつなが はるこ)
  • 生年月日 1980年
  • 出身   愛知県
  • 学歴   筑波大学大学院芸術研究科芸術学彫塑分野修了
  • 所属   認定NPO法人「国境なき子どもたち」(KnK)
  • 参考元:https://www.mbs.jp/jounetsu/

NPO職員として働く松永さんは、冒頭でも触れましたが、ご両親の影響で幼少期から音楽や芸術に親しんでいたそうです。

その影響もあり芸術関係の大学へ進み、大学院卒業後は芸術活動をしながら、高校や大学などで美術教員として働いた松永さん。

2009年にベトナムで美術教員、2011年に青年海外協力隊としてヨルダンで美術教育に携わった後、2014年に認定NPO法人「国境なき子どもたち」(KnK)で活動を開始したそうです。

青年海外協力隊としてヨルダンへ行ったことが、KnKに参加するきっかけになったのでしょうね。

現在はヨルダン・アンマン在住とのことですが、「日本人と結婚したい」と言っているそうなので、アラビア語が苦手ということもあり、海外ではなかなか心を開いて話せる相手は見つからないのかもしれないですね。

英語すらできない私には、海外に住むことも、言葉がきちんと伝わらない人との結婚もとても考えられません。

日本人だって言葉が伝わらない人はたくさんいるのですが・・・

認定NPO法人「国境なき子どもたち」(KnK)とは?

「国境なき子どもたち」(KnK)は、1997年に日本で設立された国際協力NGO、ということですが、NGOってなんでしょうか?

NGOは簡単に言うと、政府系の組織でない、国境を越えて活動する団体を指すようです。

ちなみにNPOは団体の構成員に対して収益を分配することを目的としない団体の総称なので意味合いとして違いますが、NGOとNPOは重なる部分もある、ということになるのだと思います。

国境を超えて活動する団体と言えば、すぐに思い出すのは「国境なき医師団」です。

この「国境なき医師団」も国際NGOです。国という枠組みは関係なく、世界中の人のために活動するのがやはりNGOなのですね。

さて、その「国境なき子どもたち」(KnK)は、これまで15ヵ国(地域)で8万人以上の子どもたちに教育機会を提供、自立支援を行っているそうです。

KnKには掲げている「共に成長するために」という理念とともに、「国境を越えてすべての子どもに教育と友情を」というビジョンがあり、それに基づいて子供1人1人が教育を受け夢を描ける社会などを目指しています。

松永さんもKnKの理念やビジョン、使命などのもと、ご自身の専門である芸術を通して、難民キャンプの子供たちの心のケアを行っているのですね。

「国境なき子どもたち」(KnK)の活動については次でも書きましたので、よろしければご覧ください。

松永晴子が所属する国境なき子どもたちの教育と友情を伝える活動とは?

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ヨルダン・ザータリ難民キャンプの現状と松永さんの使命感

現地では日本の3学期は5月で、学校が始まるのは9月ということで、実に3ヵ月くらいの夏休みがあるそうです。

砂漠ばかりで何もないところなので、子供たちは夏休みになると家で寝ているばかりになって生活リズムも狂ってしまうため、松永さんは課外活動を設けてうまく新学期につなげる取り組みをされているとのこと。

3ヵ月もお休みがあったら、大人の私たちであっても仕事をするのが嫌になってしまうでしょう。

松永さんが子供たちの夏休みにまで気を配る難民キャンプのおかれている状況と、難民キャンプの子供たちの様子を調べてみました。

難民キャンプの環境

キャンプはプレハブやテントでの生活で、砂塵もすごいそうです。

窓を閉めても砂埃が入ってきて外でも遊べない、電気も水も限られているという状況下で、そのストレスは想像もできないほどです。

今でこそ個別トイレが設置されてきているそうですが、始めのうちは共同トイレだったそうです。

キャンプに比べシリアは水も豊富にあり、電柱が倒れて停電しても電話一本かければ直しに来てくれる、という便利なところだったので、適応力の高い子供たちに比べ、大人は日々苦しみが増していくといいます。

ヨルダンへ逃げてきた人たちは、いつかシリアへ帰りたいと思っている人たちなのですが、今は少しずつ仕事を見つけたり住環境を整えようとしたり、ヨルダンでの生活に前向きになってきているそうです。

子供たちの状況


目の前で肉親を殺され、家を破壊された子供たちの心の傷は想像以上に深く、その精神状態は荒んだものだと言います。

子供たちが描く絵は戦争のことばかり。飛行機の音を聞くと泣き出して耳をふさぎ、その場にしゃがみこんで動けなくなってしまう子供たちの様子を見たら、戦争を知らない私は何をしてあげればいいか途方に暮れてしまうと思います。

松永さんたちKnKは同国の教育省と協力し、アクティビティや歌、踊り、さらに演劇や作文などを取り入れた授業を行って子供たちの心を癒やし、欠席が続く子供の家庭訪問をするなどして、学校に通う意欲を少しでも高めてもらおうと活動してきました。

最近では戦争の絵を描く子供たちも随分減ったそうですが、そんな子供たちにかけられる言葉もなく、どうしてあげることもできない自分の無力さや、それでも未来を切り開くために今最も有効なのは学業だと信じ必死で子供たちに向き合っていく中で、松永さんは「近所のオバサン」になることを選択したのだと思います。

「近所のオバサン」といえば、おせっかいで口やかましいイメージですが、そこには人に対する愛情が溢れていて、時には厳しく叱ることもあるでしょう。

子供たちには、子供たちの明るい未来を強く信じ、前に進むために強く背中を押してくれる「近所のオバサン」が必要なのだ、と私は感じました。

最後に

意識しているわけではないけれど、いつの間にか危ないところには近づかないようにと難民キャンプや戦地の様子などにあまり目を向けないで生きてきた自分がいました。

だけど今まさに命の危険と隣り合わせで生活をしている人たちがいます。

その人たちを命がけで助けようとしている医師や看護師、その様子を伝えることを使命としている戦場リポーターやカメラマン、現地の子供たちに教育をと子供たちの心の傷をケアしながら向き合っている人たちがいます。

今回松永さんのことを調べたことで、現地に行って支援することは厳しくても、自分にも何か出来ることがあるのではないか、と考えなければいけないと思うようになりました。

KnKでは様々な支援や参加を呼びかけています。
寄付金等も募集していますので、是非一度KnKのサイトをご確認ください。

国境なき子どもたち(KnK)への支援・参加はこちらから → 国境なき子どもたち(KnK) 支援・参加する

私も自分なりの支援・参加の仕方を考えたいと思います。

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