乳がんの手術〜入院2日目・手術当日〜

4月26日手術当日。

30分、1時間置きに目が覚めてしまい、あまり眠れず5時半には寝るのを諦めました。

そういえば最近泊まりで行った出張も、今回みたいにほとんど眠れず、翌日の仕事が眠気との戦いになって大変だったことを思い出しました。

もともとあまりどこかで宿泊するようなことがないので、枕が変わると眠れないということがよくわかりました。

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体調でちょっと気になっているのが、風邪が悪化している気がすることです。

ずっと36.7度だった体温が、昨日の夜は37.1度でした。

どんなに熱があると思って測っても36.7度(平熱)で笑っていたのに、ここに来て熱が出るとは・・・

昨日先生に風邪を引いてしまったが大丈夫か確認したところ、高熱が出れば手術をやめることはある、ということでしたが、この位の熱であれば大丈夫でしょう。

家族はもう8時20分ごろには来てくれました。

今日は娘も来てくれたのですが、病室へは家族カードのある母と弟しか入れないので、談話室に会いに行きました。

弟はマイペースで、自動販売機でコーヒーを買って1人飲んでいて、昨日の21時から絶食、今日の7時から絶飲食になっている私は、コーヒーのいい香りを嗅ぎながら恨めしそうに弟を見ていました。

娘は心配そうにずっと私の手を握っていました。

私は周りが心配するほど手術に対して恐怖心も心配もなく落ち着いていて、娘に笑顔で「大丈夫だよ」と声を掛け続けていました。

8時半になったので、先生が来るといけないと思い一旦病室へ戻ると、すぐに先生がやって来ました。

胸にマジックで付けたマークが消えていないかを確認し、消えていないから大丈夫、と行ってしまいました。

看護師さんが弾性ストッキングを履かせてくれると言うのでそのまま病室で待っていましたが、談話室から戻るときに朝礼?を行なっていたので、それが終わってから来るのでしょう。9時からの手術に間に合うのかとこちらが不安になってきました。

9時直前くらいになって、なぜか婦長さんが挨拶に来てくれました。今なのか?と思っていると、後ろで担当の看護師さんが困ってウロウロしていました。

看護師さんに弾性ストッキングを履かせてもらいましたが、大変そうだったので「自分で履きますか?」と声をかけました。でも弾性ストッキングは看護師さんが履かせないといけないとのことで、頑張って履かせてくれました。

その後違う看護師さん(先ほどの夜勤の看護師さんと交替になったのでしょう)が2人来て、手術室に案内してくれました。

看護師さんが談話室にいる家族を呼びに行ってくれている間、もう1人の看護師さんにエレベーターまで案内され、そこでみんなが追いつくのを待っていました。

手術室は初めての私は、テレビで観ていた光景を思い出しながら歩いて手術室に向かい、テレビで観ているより、手術室へ向かう廊下はきれいで近代的だと呑気に思っていました(そのテレビ番組もずいぶん古い記憶なのですが・・・)。

ご家族の方はここまでですと言われ、今は手術室の前で待ってたりしないんですね、と言いながらみんなに手を振って別れ、中へ入りました。

看護師さんが手術室は左右にあると教えてくれ、キョロキョロしていると手術を担当してくれる看護師さんが3人現れて自己紹介。

間髪入れず並んでいる順番に名前を言っていくので、その迫力に押されながらよろしくお願いします、と挨拶しました。

3人の看護師さんに連れられ、扉はやっぱり足で踏んで開けるんだな、と確認しながら、緊張感もなく私は左側の手術室に向かって歩いて行きました。

手術室の入口上にある手術中のランプを見つけ、あ、これはあるんですね!!と言うと、看護師さんも合わせて手術中は付いているんですよ、と教えてくれました。

手術台は温かいウォーターベッドのようで、ベッドよりは狭かったですが、その温かさはなんだか安心感を与えました。

まず上から着ているものを全部脱ぎ(看護師さんがバスタオルで隠してくれました)、下は看護師さんがせーの、くらいの勢いで脱がしてくれました。

右胸の手術のため、左手の甲から点滴を取るのですが、ぐいぐい刺された1本目はダメで、更に2本目もダメだったようです。

手が痛いです・・・と言うと、そうだよね、ゴメンね、と言われ、麻酔をかけてからにすればいいと言う麻酔科医の先生の言葉にそうだね、という看護師さん。

麻酔が始まっていたので、左肩が痛い私は、腕の位置を決めないと!!と慌てて先生に言って決めてもらい、なんとか決まったところで意識がなくなりました。

意識が消える瞬間、意識のないところでの点滴が一番怖い・・・と思っていました。

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先生と看護師さんに呼ばれ、私はうっすらと意識を取り戻し、無事終わったこと、リンパ節に転移がないことを先生から聞くと、次に気がついた時は病室へ来ていました。

弟が、手術は最小限でできたこと、今日はこのまま寝させた方がいいと言うから帰る、妹にも今日は来ないように言うから、と言っていたのと、娘が頭を撫でていったことだけは覚えていますが、あとはまた夢の中。

意識がはっきりしたのは、15時くらいでした。

ちょっと痛むので看護師さんに痛み止めをお願いし、また眠り・・・

17時過ぎ位に、別の手術が終わった先生が手術着のまま来てくれました。

先生は大丈夫だねー、と言ってそのまま行ってしまいそうな雰囲気だったので、手術の説明は?と尋ねると、え?という顔をしたため、弟からは最小限でできたとは聞いた、と言いました。

センチネルリンパ節は1つしか取っていない、転移もなかったこと、癌のしこりに連なってあったしこりは、開いてみるとしこりの形状をしたものではなかったようで、癌の他にはっきりわかるしこりを2つ取ったことを聞きました。

癌と判明しているしこりも随分小さかったようで、超音波で見たものと全然違っていて、なぜか顔が変わるみたいだ、と先生も不思議がっていました。

先生が行ってから、自分の状態というのを改めて認識しました。

酸素マスクをつけ、左手の甲には点滴、左手の人差し指に挟まれているのは酸素濃度を調べるものなのでしょう。

尿を出すための管も入っていて、両足には弾性ストッキングの上からそれぞれマッサージ器が取り付けられ、ずっと左右交互に動いています。

エコノミー症候群を防ぐために、マッサージ器を取り付けると言われていたことを思い出しました。

手術の傷は痛みましたが、それよりも腰が痛くなってきてしまい、とうとう我慢できなくなったので看護師さんにお願いして体勢を少し左側へ変えてもらったものの、まだ痛いので最後には自力で向きを変えていました。

夜もう一度来てくれた先生が、あ、横になってる、というほど、真横にならないとダメでした。

真横でもしばらくするとまた痛くなって、それを気にしてくれた看護師さんは、5時過ぎになったらベッドを起こしてくれました。

起きるにはちょっと早いけど、腰の痛みはなくなり、快適になりました。

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